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かつてアメリカで「ジャガイモの皮むき器」を商品化したメーカーがあった。
たいへん使い勝手がよく、堅牢な商品であったので、よく売れた。
よく売れたが、はやり廃りがあるでなし、すぐに壊れるというものでもないし、一通りゆきわたったら、あまり売れなくなった。
一計を案じた社員がいて、この皮むき器のカラーリングを「茶色」にした。
そしたら、売り上げが一気に向上した。
ジャガイモの皮といっしょに棄てられてしまったからである。
こういうのはどこかが「間違っている」と私は思う。
自社製品がまだ使えるのにどんどん廃棄され、それで売り上げが伸びて、作り手はうれしいのだろうか。
あまりうれしくないだろうと思う。
著作権論者が言っていることは、この「ジャガイモ皮むき器」のセールスマンに似ている。
本の商品性を強調すれば、いつか「買わないけど、読む」という読者よりも「読まないけれど、買う」という購入者の方を優先するようになる。
本が商品なら、「お前の出した本は全部買ってやる。そのまま読まずに燃やしちゃうけど」という顧客にも「まいどおおきに」と頭を下げなければならないのがことの筋目である。
私は本は商品ではないと思っている。
私にとって用事があるのは私の書いたものを読む人であって、本は購入するが中身は読まないという人に、私の方からは特段の用事はない。
こう考えるのは間違っているのだろうか。
でも、私に同意してくれる「プロの書き手」は驚くほど少ない。